(背景京都祇園祭)
この日は仕事で朝早くから京都へ。
実は私は京都生まれ。京都へ来ると、どこか「戻ってきた」ような、不思議な親しみを感じます。ここ数か月、新しく取り組んでいることがあり、改めて日本文化を深く学び直しています。


20代の頃は、茶道、華道、着付け、陶芸、日本のマナーなど、日本文化にたくさん触れてきました。それは、どこへ行っても恥ずかしくない女性になりたい。そんな思いで自分を磨いていたからです。
日本の「道」を通して、礼儀や作法だけではなく、日本人としての心や精神を学ばせていただいたように思います。

でも、その世界だけで生きていると、知らず知らずのうちに、自分の中の「当たり前」の枠から抜け出せなくなっていました。外の世界には、もっと自由な生き方があるのではないか。
そんな思いが芽生え、もっと広い世界を見てみたいと思うようになりました。そう思って30歳になる前に、アメリカへ留学しました。
今でもよく覚えています。
どんな服を着ていても、
どんな個性を表現していても、
誰も気にしない。
人の目を気にしながら生きてきた私にとって、その自由な空気は、とても新鮮でした。日本では着られなかった服を着て、アメリカらしいコミュニケーションスタイルを楽しむ。その経験は、私の心を大きく解放してくれました。
でも、それは本当の意味で「自由」だったわけではありません。アメリカにはアメリカの文化があり、アメリカのマナーや価値観がありました。私が知らなかっただけだったのです。

ホームステイ先のお母さんからは、アメリカの文化をたくさん教えていただきました。大勢の友人を自宅へ招いて食事を楽しむホームパーティーも、その時に初めて経験しました。西洋のテーブルマナーやゲストの迎え方、会話の楽しみ方なども。
当時は、まさか将来、私自身がそれを仕事としてお伝えするようになるとは思ってもいませんでした。
ある日、「日本人のお友達も連れておいで。」そう言っていただき、友人をアメリカ人のたくさんいるホームパーティーへ招待しました。私の友人の一人が、「素敵なお皿ですね。」そう言って、お皿を裏返し、ブランド名を確認したのです。
日本では、器に興味を持ち、作者やブランドを確かめることは、決して珍しいことではありません。茶道でも、茶碗を拝見し、銘を確かめる文化があります。
ところがパーティーの後、ホームステイ先のお母さんの友人から、「今日、お皿を裏返してブランドを見ていた人がいたわね。」と言われました。その言葉からは、「あまり好ましい行為ではなかった」という受け止め方が伝わってきました。
日本では自然な行為でも、文化が変われば、受け取られ方はまったく違う。
その時に気づいたのは、日本のマナーだけではなく、相手の文化や価値観を知ることの大切さでした。
海外には海外のマナーがあり、文化があります。でも、それを体系的に学ぶ機会は、日本ではあまり多くありません。だからこそ、知らないことが多いのです。
私はレッスンで、世界標準マナーやコミュニケーションをお伝えしています。それは、文化の違いによる誤解を防ぎ、国や文化を越えて信頼関係を築くための大切な教養だと考えているからです。
実は、「プロトコール」と呼ばれる世界標準マナーにも、その土台となる歴史があります。プロトコールは、フランス文化を中心に、イタリアやイギリスなど、ヨーロッパの文化の影響を受けながら発展してきました。

そしてレッスンで一番お伝えしたいことは、
外の世界を知るほど、
自分のことが見えてくる。
そして同時に、世界へ出るほど、
自分の国を知ることの大切さを実感するようになります。

私はフランス文化を通して、日本とは異なる食卓芸術や美意識をお伝えしています。でも、その土台にあるのは、日本人として育った感性や美意識です。
日本とフランス。二つの文化を知ることで、初めて見えてくる世界がある。
そこに気付いたからこそ、今、もう一度日本文化を深く学び直しています。それこそが私のアイデンティティであり、世界の中で自分らしく輝くことだからです。
そして自分の国の魅力を深く理解することだけでなく、それを異国の方にも伝えられること。それこそが、日本人としての誇りを持ち、世界の中で自分らしく輝くことなのではないかと思っています。

この日は、何十年も茶道や華道、着付けを続けている京都の友人と、本屋や着物屋さんを巡りながら、たくさんのことを教えていただきました。
食、祭り、着物、茶道。
日本の美意識に、もう一度向き合えた一日でした。

自分らしさを再発見し、新しい一歩を踏み出し、
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